『私の欲しかったもの』

母と私のあいだには長いあいだ 奇妙な遠慮があった。

認知症が進んでも母が 私の手を握ることはなかった。

入居したホームへは チワワの「トム」を連れて、
いつも通った。一人ではなく。

会話はないが、茶色の毛を車椅子の母の膝に渡すと、
喜んで抱いた。

トムの体に覆いかぶさるようにして抱いた。

毎日の訪問だったが、私はトムを母に抱かせるだけの
役目。
そのあとは 窓からの風景ばかり見ていた。

やがて面会も終わり、トムが私に戻ってくる時、
トムはいつも熱かった。

冬はポカポカと。夏は汗まみれで。

そんなトムを抱き取りながら思っていた。

このトム